横曽根神社の由緒
横曽根神社は、室町時代の応永年間(1394年〜1428年)より旧横曽根村の総鎮守として六百有余年の歴史を刻む「氷川神社」と、江戸初期の明暦の洪水により社地を流されながらも、御神体が奇跡的に社地へ漂着したと伝わる「南町八幡宮(旧八幡社)」を前身としています。
明治末期の神社合祀政策により、南町八幡宮は一度、氷川神社へ吸収される形となりました。しかし、氏子崇敬者の「地元の神様を守りたい」という不屈の情熱により、宮司を置かずとも自力で祭祀が継続され、戦後の宗教法人設立を経て、昭和48年に両社が対等な立場で合併するという、全国的にも稀有な歴史を歩んできました。


この「激流や時代の荒波を乗り越えた二つの古社が、半世紀にわたる誠実な対話の末に、旧来の対立意識を昇華させて一つに結ばれた」という、困難打破と和合の歩みそのものが、横曽根神社の強固な御神徳の柱となっています。
令和の現代においても、その精神は地域に根差した崇敬の源として息づいています。初宮参りや七五三など、親から子、子から孫へと受け継がれてきた篤い信仰の積み重ねは、先人たちが守り抜いた「結び」と「不屈」の物語が、今もなお揺るぎない平穏の礎として、人々の暮らしを温かく包み込み、明日の希望を育み続けている証しです。
かつて二つの社が一つになった歴史は、今を生きる人々の新たな喜びや願いを支える心の拠り所となり、困難を乗り越える力と人々を結びつける力が尊き御神徳 を象徴しています。
御祭神

素盞嗚尊
(すさのおのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟神にあたられる素盞嗚尊は、数々の神話において、圧倒的な力強さと豊かな人間味をもって描かれる日本神話の代表的な神様です。
出雲の国(現在の島根県)にて、人々を苦しめていた巨大な怪物「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」を見事に退治し、世界に平穏をもたらされた歴史から、あらゆる災難や邪気を打ち払う「災難除け」「開運厄除」の強力な守護神として篤く信仰されてまいりました。
また、大蛇退治ののちに奇稲田姫(くしなだひめ)と結ばれ、仲睦まじい家庭を築かれたことから、「良縁成就」、「夫婦円満」、「家内安全」の神様としても深く崇敬されており、力強さと優しさをもって私たちの暮らしを広くお見守りくださっています。

応神天皇
(おうじんてんのう)
八幡大神として全国で広く崇敬される応神天皇は、第15代の天皇であり、聖母と仰がれる神功皇后(じんぐうこうごう)の御子にあたられます。
大陸の進んだ文化や産業を積極的に受け入れ、日本の国づくりの基礎を築かれたことから、「文武の神」「産業隆盛の守護神」として古くから篤い信仰を集めてまいりました。
また、源氏をはじめとする武家から「弓矢の神(武運長久の神)」として崇められた歴史から、現代においても、人生の様々な試練に打ち勝つ「開運厄除」や「必勝祈願」、さらには神功皇后の安産伝承に由来する「安産祈願」「子育大願」など、多大なる御神徳をもって私たちを広くお見守りくださっています。
御神徳
良縁成就
応永年間に創祀され村の鎮守として尊ばれた氷川社と、明暦の洪水で旧地から流れ着きこの地に根付いた八幡社という、本来は別の場所で歴史を刻んできた尊い二つの御神霊が、運命に導かれるようにして一対の絆で結ばれました。この「本来別々であった尊い存在が、運命に導かれて一つになる」という力強い歩みは、男女の縁はもちろん、人生におけるあらゆる貴い巡り合わせを分かちがたく繋ぎ止める、確かな「結び」の御神徳を象徴しています。
和合・円満
明治末期の合祀以降、制度上は一社でありながら実態は二社が併存し、戦後には土地の権利を巡る公正証書の取り交わしが行われるなど、長きにわたり複雑な対立や分裂の危機に晒されてきました。しかし、昭和48年の合併と新社殿造営を機に、かつて存在した心の隔たりや組織の分裂という試練を、半世紀に及ぶ誠実な対話によって乗り越えてきた歩みは、一度解けかけた結び目を前よりも強く結び直し、家庭や組織の絆をいっそう揺るぎないものへと昇華させる、横曽根神社ならではの「和合・円満」の御神徳を象徴しています。
厄除け・開運
古文書に伝わる「明暦の洪水で社地を流された御神体が、南町の地に漂着した」という劇的な出来事は、人智を超えた激流という抗いがたい困難に揉まれながらも、自ら安住の地を見つけ出し再び鎮座した力強い生命力を示しています。この歴史は、人生における予期せぬ荒波や災厄を乗り越え、迷いの中から光を見出し、自らの手で新たな運命を切り開く「厄除け・開運」の御神徳を象徴しています。
家内安全
室町時代より六百有余年の長きにわたり、川口西地区総鎮守として、地域住民の暮らしや日々の営みを等しく見守り続けてきた氷川社の広大無辺な慈しみに由来しています。この歴史は、日々の平穏を支え、家族が健康で安らぎの中に暮らせるよう守護する、横曽根神社の最も基盤となる「家内安全」の御神徳を象徴しています。
子孫繁栄
初詣や初宮参り、七五三詣など、人生の節目ごとに新たな世代が神前に集う光景は、古く俳句に「夫婦して護る社」と詠まれたよう に、家族で神様を敬い、次代へと繋ぐ温かな絆に根ざしています。この麗しい姿は、親から子、子から孫へと世代を超えて家庭の幸福 を継承し、家門の末永き繁栄を見守る「子孫繁栄」の御神徳を象徴しています。
境内のご案内

御本殿
横曽根社の御本殿・拝殿は、昭和48年の対等合併後の、昭和49年の社殿造営によって新設されました。
この社殿の最大の特徴は、かつて多くの神職が祭式を学んだ「國學院大學の旧常盤松校舎にあった祭式教室」をモデルにして設計されている点にあります。そのため、拝殿内部の大床(おおゆか)は両端までの距離が比較的長く、開扉行事の際に行う膝進(しっしん)の行程も長く取られた、大変厳かな構造となっています。また、拝殿は非常に音が美しく響く設計となっており、四季を通じて清々しい拍手(かしわで)の音が境内に心地よく響き渡ります。本殿へと続く二十三段の美しい階段を上り、境内に漂う清らかな空気の中で、どうぞ心静かにお参りください。

手水舎(てみずしゃ)
二十三段の階段を上がった、本殿のわきにございます。 神前に進む前に、身と心を清める場所です。清らかな水で手を洗い、口を漱ぐ(すすぐ)ことで、日々の生活の中で知らず知らずのうちに触れた穢(けが)れをはらい、清々しい気持ちで神様と向き合うための準備を整えます。ご参拝の前に、どうぞお立ち寄りください。

授与所 1階 授与所・社務所
授与所
1階 授与所・社務所
鳥居をくぐってすぐ、階段のふもとにございます。 こちらでは、縁結びや厄除けなどの各種ご祈祷のご案内、出張祭典のご相談・受付を承っております。また、神職が不在の際には、こちらに書き置き御朱印をご用意しておりますので、どうぞそちらをお受けください。

授与所 2階 授与所(拝殿前)
授与所
2階 授与所(拝殿前)
二十三段の階段を上がった、本殿・拝殿の正面にございます。 こちらでは、日々の暮らしを守るお守りや御神札の授与をはじめ、一枚一枚、神職の手によって丁寧にお書きした「御朱印」の受付を行っております。ご参拝のあとにそのままお立ち寄りいただけます。
※神職が不在の際は2階窓口を閉めている場合がございます。その場合は、お手数ですが1階の授与所にて書き置きの御朱印をお受けくださいますようお願いいたします。

駐車場
境内に参拝者専用の駐車場(3台分)がございます。スペースが限られておりますので、譲り合ってご利用ください。なお、満車時や正月・例大祭などの混雑時は進入を制限させていただく場合がございます。その際は、大変恐れ入りますが周辺のコインパーキング等をご利用ください。
年間行事

元旦祭
(がんたんさい)
時期:一月一日(元旦)
新しい年の幕開けにあたり、元旦の清々しい朝に昇る初日の出とともに、世界の平和と氏子崇敬者の皆様の新しい一年の平穏を祈る、新年最初の重要な祭典です。
境内は「初明り(はつあかり)」に照らされる中、新しい年の御神徳をいただこうと、初詣に訪れる多くの参拝者の熱気と笑顔で終日賑わいます。家族揃って神前に集い、新たな決意とともに清々しい一歩を踏み出す、新年の始まりにふさわしい特別な節目のお祭りです。

例大祭
(れいたいさい)
時期:十月十五日
当社にとって年間で最も重要かつ盛大な祭典です。この例祭は、地域で古くから親しまれてきた秋祭「オヒマチ(日待祭)」の伝統に根ざしています。
オヒマチとは、収穫への感謝を捧げ、地域の平穏を祈りながら人々が集い、絆を深め合う大切な節目でした。その息吹を今に伝える例大祭は、時代を超えて地域の人々の祈りと感謝を結ぶ、神聖な一日として大切に守り継がれているお祭りです。
※近年(令和6年)には、御鎮座五十年の記念すべき式年祭が大規模に執り行われました。

